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当園は日本百名山のひとつ美ケ原高原の麓、標高850mのところにあります。
源流域に近いため水量も豊富で、その冷たさは真夏でも入っていられないほどです。
このきれいな水と昼夜の寒暖差が私達の目指す米作りには最適ではないかと思っています。


宮下農園のはじまり

きっかけは父が60歳を迎えるに当たり、自分が生まれ育った土地で家族が食べるための米や野菜を作ろうと思い至ったのが始まりです。

子供の頃は大勢いた友達もほとんどが都市部へ移住していき、美しかった田畑は耕作放棄地が点在するようになっていました。若い頃は気にならなかった光景でも年をとってあらためて見つめ直したときに言葉では言い表せないものを感じたようです。

現在、日本の農業は休日の少なさや収入面での不安など敬遠される要因も多く危機的な状況にあります。
自分のように農業を継承することなく離れていく人が今後も増え続けるだろう、果たしてその時に自分は家族の食を支えることができるだろうか?そう考えてまずは家族が食べる分から始める決意をしました。

祖父は農業のスペシャリストでした。リンドウ、トガ、トマト、イチゴ、ブルーベリー作るものはすべて一級品、まだ今ほど物流が発達していなかった時代においても直接東京の市場に出荷して高い評価を得ていたようです。

しかしながら、それらは化学肥料、農薬、抗生物質を巧みに駆使して育てられた芸術品でした。すべてのノウハウを受け継ぐことは可能でしたが、一つ問題もありました。
父は化学物質過敏症のためにそれらを使うことは出来なかったのです。

まだ幼いとき生死の境をさまよっているときに投与された劇薬、もしくは自分で建てたログハウスに塗った防腐剤、何の影響かはわかりませんが、香水、タバコ、排気ガスなどの匂い、酒や砂糖の多い菓子類を食べると頭痛、吐き気などに襲われ3日間寝込んでしまいます。

普段はとても元気ですが、病院で改善できるものでもなく、本人しかわからない苦しみはとても辛いものだと思います。父にはそれらを使わない(使えない)という選択肢しかなかったのです。

そんなときです「化学肥料も農薬も除草剤も使わないで育てた玄米を食べ続ければ健康になる」と知りました。
「これだ!この玄米を食べ続ければ、もう一度酒が飲めるようになるかもしれない・・・」
何か当初の目的に新たなものがプラスされている気がしますが、こうしてすべての方針は決まりました。

最近は有機栽培なども増えてきましたが、これらの農法は決意さえすればできるというものではないです。毎年のように草が生い茂った田を見ていたら「いつの日か絶対に成功させる」と強い信念がなければすぐに挫折してしまいます。

あの時から約10年、未だ完成には程遠いですが「お客様に喜ばれる米作り」を目指して日々励んでおります。私達の食材で皆様の豊かな食生活に貢献できれば幸いです。


宮下 和美 

元エンジニア、土地家屋調査士




宮下 将範 1975年生まれ

船舶調理師、システムエンジニア、ジャムの製造販売を経験
自分の本業はなんだろうとさまよいながら米作りにたどり着く

担当:米作り全般、ネットショップの運営